沖縄ライフログ

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【沖縄】 生き物としての幸福 【移住】


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僕が住んでた町は兵庫県西宮市の甲子園近く。大阪、神戸どちらも電車で30分。ユニバーサルスタジオも車で15分で行けるなんとも便利な場所。
もちろん徒歩圏に飲食店もあればショッピングモールもあるし少し車を走らせれば海や山、有馬温泉など住みやすさでいえば全国でも必ず上位に名前が出るぐらい素晴らしい町。

ずっとずっと、便利なことが素晴らしいと思って生きてきた。ずっとずっと、なんでもあることが当たり前だと思って生きてきた。

 

 

 

盲目的に、楽しい人生だと思っていた。

でもある時、ふと気付いてしまった。

 

「当然楽しいはず」「当然便利な生活は素晴らしいはず」。そう思わなければいけないかのようなある種の強迫観念が自分の中にあることに。

それからは、とても生きづらくなってしまった。

 

本当は、繁華街の雑多で欲望剥き出しな雰囲気が苦手だった。

本当は、大都会の人の多さや目も眩むような高いビル群が嫌いだった。

本当は、レジャーランドやテーマパークの人混みは苦手だった。

本当は、狭い土地にオセロのように敷き詰まった昭和建築の窮屈な風景と行き止まりばかりの空が大嫌いだった。

 

海の見える公園が好きだった。
山奥の河原でするバーベキューが楽しかった。
広い空を眺めたかった。

 

そんなことに気づいて、「人生の豊かさ」について考えるようになったのは35歳ぐらいだったかな。
それからは妻と移住の相談をはじめ、そればかりを考えるようになった。フィリピンやインドネシアなど色々候補はあったけど、最終的には色んなバランスが取りやすい沖縄になり、実際に移住したのは38歳になった2014年の9月。

 

移住直前の生活はきれいに整備された武庫川河川敷近く、大学病院や女子大に囲まれた車庫付き3LDKの一軒家に住み、すぐ近くで妻とともに飲食店2軒と大阪、神戸でもお店を経営し、周辺飲食店をまとめて顧客誘致のための町おこし団体の会長もし、友人やお客さんに囲まれ、それなりの収入もあって周りからは「一体何の不満があるのか」と不思議がられるほど、順風満帆の暮らしをしていた。

 

でもね、やっぱり違った。


僕や妻が本質的に求めていたのは「生き物としての幸せ」だった。文明人として可能な限り最上、最先を求めることに豊かさや幸せを感じる人もいるだろう。それも一つの幸せの形であることは否定しない。しかし忘れてはいけないのは、我々は「生き物」だということ。太陽、海、風、空気、温度、朝と夜。そんなものから生まれ育まれた動物なのだ。

 

田舎暮らしを推奨するわけではない。実際、僕らも何もない大自然の中で暮らしたいわけではないし今さら適応はできない(笑)でも、空が広くて、海がきれいで、緑が多くて、窮屈じゃなくて。地元にいた時よりとても満たされている。

 

友人に会いたい時に会えないことだけが寂しいけど、友人も同じくそう思っていてくれるならそれは寂しさと引き換えにできるほど幸せなことなのだろう。